竜の夢アイコン

環子(2)

 ――なぜ?

 何故こんなことになったのだろう。

 憤慨やるかたなし。

 自身の間抜けぶりを棚に上げ、隣で眠る男を睨みつけた。

 

 昨日、自宅マンションに空き巣が入った。

 それはもう凶悪な3人組で、荷物を端からひっくり返し、破壊し、足の踏み場がなくなるほどであった。

 奴らと環子の秘書兼護衛役が戦い、被害はさらに拡大した。空き巣犯を捕えても、もう寝る場所なんてなかったのである。

 

 ホテルに泊まろうとは思っていた。が、追跡を交わしたいため一般的なところは避けたかった環子に邪な発想が閃いた。

「ねぇ彼女」

 語尾に歪な音符が付いてるような口調でナンパされたのを幸い、ラブホテルに身を潜めようとしたのだ。もちろんナンパ男は“盾”だ。

 それをこの男に見咎められてしまったのが運の尽き。

「こんばんは。どこに行くんですか」

 優しい口調とは裏腹に、冷ややかな眼差しが環子を咎めているように感じる。

 突然行く手をふさいだ美貌の青年に、ナンパ男は一瞬ひるんで見えた。が、すべてを“ノリ”でやり過ごそうとしているかのような彼は、すぐに居直った。

「誰だよあんた、カンケーねぇだろ」

 見せつけようと環子の腕を取り、勢いで肩を抱こうとした男を、環子はとっさに突き飛ばす。他人に触られるのが嫌いなのだ。

「ちょっとぉ、彼女ぉ、オレとイイ所に行きたいんでしょ」

 にやけた顔が不満顔に変わる。

 一応そのやり取りを眺めていた美貌の青年は、わざわざ環子に確認を取る。

「へぇ、そうなんですか」

 長身から見下ろされる視線がつららのようだ。

 

 

 

 

 

 

 どうも朱李とは相性が悪い。

 普段なら冷静にあしらえる事が、上手くいかない。

 いつもの手段が通じないのだ、朱李には。

 

 ――それとも、わたしが変なの?

 

 彼ら兄弟に接触するターゲットは既に決めてあった。だから朱李にはなるべく関わらないようにしているのに。

 誰かの嫌がらせではないかと疑ってしまうほど、会いたくない時に限って会ってしまうのだ。

 

 異能力者の傲乃家四人兄弟。

 朱李に限らず、あの兄弟は皆全て美しいオーラを持っている。

 濁りの無い清浄で凄烈な。人間でそれほど美しいオーラを持つ者を、環子は他に知らない。

 だからその傍にいることは苦しい。薄汚れている自分の不浄さが、彼らに悪影響を与えるのではないかと思えてしまうから。

 

 ――接触は最小に、成果は最大に――

 

 そうした当初の目標はことごとく敗れている。彼らに普通の常識の枠組みは当て嵌まらないので。

 素通しのガラスの壁の浴室は、湯気で不透明になっている。

 その中でシャワーに打たれながら、つい左右の腕の匂いをくんくん嗅ぐ。石鹸の匂いがするばかりだ。

 死臭など、自分では麻痺して既に感じないのだろう。

 

 ――わたし、人を殺してきたの。

 

 そう言ったらどんな顔をするんだろう。

 本当のことを打ち明けて、朱李を遠ざけたい心境に駆られる。近づいてくる分、拒絶する気持ちが強まるようだ。

 

 一番会いたくない時に会ってしまうなんて、なんて間が悪いの!

 

 葛藤する行き場のない苛立ちを拳に変えて、ドンと壁を一撃した。

 

 

+++++

 

 

 壁を殴った音は聞こえていただろうに、その件は知らぬ顔で朱李がしれっと言う。

「残念ですが、掛布団は1枚しかありません。仕方ないので一緒に寝ましょう」

 一瞬、何を言われたか判断しかねた。

 

 ……一緒に寝ましょう!?

 

 意味を把握するのに数秒。

 とんでもない顔をしていたのだろう。朱李は口元を手で覆い隠して、それでも分かるほど笑っていた。

「何もしませんから安心して下さい。それでも信用できないのであれば、僕にも暗示を掛けますか?」

 そこいらの男たちならとっくに暗示をかけ早々に眠ってもらっている所だが。

「…………出来るならとっくにしているわ」

 そう、どういう訳か出来ない。それは初対面の時、既に実験済みであった。彼らの能力故なのかどうかは定かではないが……。

 苦肉の策で、環子がシーツに包まってから、朱李を背に一緒にベッドに潜り込む。

 はっと、遅ればせながら気づいた。

 

 ――これじゃあ、わたしが朱李に拘束されているみたいじゃない!?

 

 今更だが、自分がずいぶん間抜けに思えた。

 

 ――さっき朱李がシャワーを浴びている間に逃げればよかったんじゃない!

 なにやってるのよ、わたし! 馬鹿みたい。

 

 うかつな自分を呪っている間に、朱李は目を閉じている。既に眠ったのか、それとも寝た振りをしているのか。

 文句を言いたくて半ば上半身を起こし背後を見る。目を瞑っているその顔……

 

 きれいな男――。

 

 まず環子が見るのはオーラなのだが、朱李は容貌も際立っている。そしてあの言葉遣い。

 あまりに嵌りすぎていて、最初笑い飛ばしてしまった。

 朱李が一緒にいるせいか、淀んだ気もあまり気にならない。

「……大丈夫、眠ってください」

 低い朱李の声と一緒に片腕がシーツ越しの体の上に回され、身動きを封じられてしまった。

 

 ――大丈夫なわけないじゃない!

 

 慌てふためく心臓。隣に居たくない。眠れない。

 

 ――ああ、やっぱり馬鹿だったわ。

 

 しばらくして逃亡をあきらめ、寝床に沈み込んだ。

 

 元々人が傍にいると眠りが浅いのだが、更にろくに眠れずに朝を迎えることになった。

 おそらく朱李も。