「クロちゃーん!」
真白がまっさきに飛びついた。
「大丈夫!? クロちゃんが倒れるなんて鬼のカクランだよ」
腕を取って揺さぶる真白に、黒恵は少し笑ってみせる。
「なんだよ、それ」
そんな姉弟の傍から離れようとした環子の腕を、朱李は掴み上げた。炎を宿したような瞳が環子を睨んでいる。
「キミは誘拐犯の一味なんですか!?」
「……違うわ」
視線を合わせない環子に、朱李は握る手に力を込める。
環子は唇を噛んで痛みに耐えた。
「朱李、手を離してやれ」
兄の命令に、朱李はしぶしぶ従う。解放された腕を、環子は無言でさすった。
険しい眼差しのまま、今度は青嗣が環子に詰め寄る。
「キミがここのことを知らせて俺を見送った。なのにキミもここに来たのは何故だ?」
この状況はどういう意味を持つのかと。
「それは……」
環子はあらぬ方に視線を飛ばす。ガラスのような瞳で。
時々見せる表情だ。目に見えない“何か”を視ているのか、感情を押し殺しているのか。
環子が口を開きかけた時、ばたばたと扉の外に人が集まってきた。護衛の男たちだろう。
「追い詰められちゃったわね」
切羽詰った響きもなくつぶやく環子に、朱李の視線が突き刺さる。
「始めからそのつもりだったんですか」
「ちが……」
(違うよ、ちぃ兄、環子は助けてくれたんだ!)
そう言いたかったのに、黒恵は息苦しくて言葉をとぎらせた。
「クロちゃん? 苦しいの?」
真白が覗き込んでくる。
胸を押さえ込んで蹲りかける黒恵に、二人の兄も駆け寄ってきた。
――なんだろう。変なんだ。
環子が胸元にしまい込んだ水晶のカケラ。あれから“力”を感じる。
「黒恵!?」
いぶかしむ環子も、自身の胸元に異変を感じた。
「……熱い……?」
バァンと力ずくで扉が破られる。先頭の男たちは警棒ではなく、今度は銃を構えていた。それを青嗣が迎え撃つ。
片手を振りかざすと、奔流のようなエネルギーが、男たち数人まとめて吹き飛ばした。
青嗣の能力は念動力。身体から放出される、目に見えないエネルギーが、物を、人を動かす。時には重力にさえ逆らって。
難を逃れた男の一人が恐怖に慄き、引き金を引いた。弾丸の軌道には黒恵が!
青嗣がとっさに腕を振るう。彼の念動力で弾道が反れた。
その行く先は――
環子が前のめりに倒れる。その胸元から光を弾くカケラがこぼれた。
黒恵の意識は、ここでぷつりと途切れてしまった。
◇
環子――
呼んでいる。誰が?
「環子!」
「環子ちゃん!」
誰よ、痛いじゃない。傷に響くから揺さぶらないで――て……傷を負っている!?
ゴウゴウと風が唸っている。
寒い! 風がうるさい! それにさっきから痛んだってば!
「環子!!」
「――うるさ……」
ぱっと目を開けたら、朱李の顔が目の前にあった。でもとたんに視界がふさがれる。
なに!? なになに?
「環子ちゃんが生きてるぅ」
ほっとした真白の声が聞こえた。
生きてるって何? まるで死んでたみたいじゃないの!?
それに――朱李の腕が巻きついている。熱い身体。耳元にかかる熱い吐息。
「――よかった」
彼の胸元にぎゅっと抱きしめられていたのだ。苦痛に耐えるような朱李の顔が、数センチの至近距離にある。
いまいち状況が飲み込めなくて、環子は成すがままだったのだが、周りが見え始めてくると、だんだんこの抱擁が耐えられなくなってきた。
「朱李、……苦しい」
腕を乱暴に掴まれた時は文句を言わなかった環子だが、今回は圧死させる気かと思わず疑うくらい、両腕の力が強かった。
我に返った朱李が力を抜いてくれたので、ようやく呼吸が楽になった。楽になったとたん、ごほごほと咳き込むと同時に胸に痛みが走った。
なにがあったのだろうか。
「本当に良かった。てっきり弾が当たったと思ったから」
真白の言葉に、やっと何があったのか思い出した。
確かに弾道が反れた銃弾は環子の胸に当たったのだ。しかし、銃弾は環子の白い胸を貫かず、別の何かに当たって弾かれた。
何に当たったのだろうと、探るように手を胸元に当てる。とたん、異変に気づいた。胸元の服が大きくはだけられていることに。
「あっ、それシュウちゃんがやったんだよ」
真白はお行儀よく、環子の胸元から視線を逸らしているが、兄の犯行を告げ口した。
なるほど、それで撃たれていないことが判ったのか。
少し慌てて朱李が弁明する。
「誤解しないでください。傷を調べるためだったんですから。ヨコシマな感情はありません」
「ヨコジマ?」
「よこしま!」
兄弟の掛け合いは無視して、環子は自身の胸元を点検する。
道理で寒かった訳だ。それにこの風の強さといったら。銃弾で裂け、ボタンがちぎれてしまった服の隙間から寒風が染み込む。
覗き込んだ左胸には、内出血で赤黒いあざが出来ている。水晶のカケラを、ブラジャーの左側の裏に忍び込ませていた。その場所だった。
一応、朱李の弁明を聞き入れて、破れた胸元の服をかき合せる。
「――あれから何が起きたの? 黒恵は?」
微かに頬が赤らむ朱李は真顔に戻った。
「……なに?」
「あそこです」
朱李の白くて長い指が指し示す方向には、巨大なエネルギーの渦がとぐろを巻いていた。
それに立ち向かう青嗣の後姿。
鎌首をもたげるエネルギーの中心に、黒恵が膝を抱えて蹲っていた。
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